AIと距離をおいて、一人で考える時間を取り戻す
何でもAIに相談してる。アイデアのブレスト、人生相談、気になったこと、すぐに投げかけてる。AIに相談すると、よく考えられた気がして、対話した直後は満足してる。
だけど日が経つと、その回答が記憶に残ってなかったり、気になってまた同じ相談を繰り返してる。AIとの対話で出した答えに、自分自身で消化や納得ができていないのだろう。
それに、何でもかんでもAIに相談しすぎっていう実感もあった。気になったら考える前にスマホから投げかけてる。試しにAIに投げかけるのを控えてみたところ、聞きたくてウズウズするほどだった。これは軽い中毒症状とも言えそう。手軽に答えを聞きすぎて、依存してることに気づいた。
これをきっかけにして、悩みをAIに相談せず、自分で考えることにしてみた。すると、予想外の結果に気づいた。僕は無意識にAIを使うことで 「一人で考える」という大切な時間を放棄していた。この記事では、一人で考える時間を取り戻したきっかけと、その結果得られた感覚の違いを記していく。
昔は自分自身が最良の相談パートナーだった
僕は、人に相談するのが苦手なタイプだ。自分自身と対話しながら一人で考えることが好き。相談が苦手なのは、恥ずかしかったり、うまく伝えられなかったり、アドバイスとは違う決断をすることに気が滅入ったり、いくつかの理由がある。
でも一番は、一人で考える時間そのものが好きだから。「なぜ悩んでいるのか?」「本当はどうしたいのか?」「それが難しいのはなぜか?」「今やるべきことは何か?」こういったことを、誰にも邪魔されず、自分自身と向き合って静かに考える。AIが出てくる前は、内省が僕の強みだったし、大切な時間だったはずだ。
それなのに、今では一人で考えることを放棄して、すぐにAIに何でも相談してる。おかしな話だ。
試しに、AIを使わずに自分一人で考えてみた
そこで、試しにAIを使わずに一人でちゃんと考えてみることにした。昔のように紙とペンをつかって、心の内面を書き出しつつ、自分自身と対話を重ねていった。
例えば、先日「フリーランスの行き詰まり」っていうことを考えたときのこと。このときのメモを読み返してみると、こんなことが書いてあった。
- 責任は負えてた。役割があった。でも意思決定の権限が無かった。権限という存在にすら気づいてなかった
- もしも当時の委託先で「権限もください」とお願いしてたら、どうなっていたんだろう
- 権限くれというなら、社員になるべき。立場に線を引いてるのに、権限がほしいというのは、違和感があるしやりたくない
- …
思考は右往左往してて、特に結論があるわけでもない。たまに結論らしきものが出てくるけど、それは過程であって、すぐに変わってる。数日書きなぐるだけの日が続いたり、結局結論が出ない日も多い。
でも、それでも良かった。なぜなら、そうして一人でじっくり考えた時間そのものに、深い充実を感じたから。それに、自分なりに出した考えは、納得感があるし、数日経ってもその満足感は続いた。しばらく忘れていたような、懐かしい感覚でもある。AIに相談する以前の、昔の思考モードを取り戻すことができた。
チャット形式が、考え抜くことを難しくしてる
一人で考えたときと、AIと話すときで、何がそんなに違ったんだろう。
ChatGPTみたいに、チャットでAIと対話する。これは、キャッチボールが特徴。ボール(質問)を投げると、次に相手(AI)の番になり、更に相手からボールが返ってきたら、それに対して更に回答する。これには3つの特徴がありそう。
- ボールを投げたら、相手からの応答をまつので、一度思考が途切れる
- AIの価値は「回答」だから、AIは常に回答する必要がある
- 僕はその回答を踏まえて思考を再開する。すなわちAIの回答に引きずられる
この3つが重なると、考え抜くところまでたどり着けない。1と2のせいで、答えらしきものが早々に出てしまう。そうすると3のタイミングで、自分がどう思うかではなく、AIが示した枠組みの中で考えはじめてしまう。
つまり、AIと話しているときの僕も、考えてはいる。ただ、自分で深く考える前に、AIの回答に途中で影響を受けて、相手の枠組みに引きずられた思考になる。紙に向かっていたときの、自分だけの世界で深いところに進んでいく思考とは、別物になってる。
一人で考え抜いた過程から得られる「自信と納得感」
そう考えると、僕がAIとの対話で失っていたものがわかった。それは答えの質というよりも、そこにたどり着くまでの「過程」だった。
仮に、AIと対話して出した答えと、一人で考えて出した答えが同じだったとしても、満足感は違ってくる。僕は 答えそのものより、答えを導き出した「過程」に対して価値を感じてる。
その過程のおかげで、僕は答えに「自信と納得感」を得ていた。過程を通らないと、手元には答えだけが残る。でも、理由が自分の中にないと、その答えを信じて動けない。だから結局また同じ問いに戻ってきて、もう一度相談することになっていた。これが悪循環の正体だ。
AIも効く。ただし、自分自身で考え抜いた後であれば
これに気づいたとき、AIに相談すること自体をやめようかなと思った。でも、それも違った。考え抜いた結果を、AIに確認してみる。そうすると、思ってもなかった新しい視点が得られたりする。僕はすでに考え抜いてるので、その答えに惑わされることなく取捨選択ができる。良いと思えば採用するし、イマイチであればスルーする。この「取捨選択」のレベルが、考え抜いた後は数段上がったように感じる。先に自分の枠組みができてるから、AIの回答が思考の出発点にならずに済む。
まとめ
今回の話は、AIに相談するのが悪いという話ではない。調べればわかることや、答えが決まっている問いなら、AIに聞いたほうが速いし正確だと思う。
でも「答えのない問い」は違う。個人の悩みのように、考え方次第で正解が変わる問いでは、答えだけを受け取っても動けない。必要なのは、その答えを導く過程から得られる自信や納得感。僕が無意識に求めていたものはこれだった。
AIがなかった頃の「紙とペンをつかって、一人でじっくり考える時間」を、久しぶりに試してみてほしい。きっと、忘れてた充足感が得られるんじゃないかと思う。