雨の沖縄で、ロジックは心を超えられなかった
「天気・元気・現金」
旅に必要な3要素。元ネタはバラエティ番組らしく、それをYouTubeで聞いて、妙に納得してしまった(最後の「現金」は無理やりだけど)
「元気」と「現金」は、ある程度自分でコントロールできる。でも「天気」は、コントロールが難しい。運頼みになる。
先日、家族で沖縄に旅行をした。今年の夏は雨が多く、沖縄もご多分に漏れず。旅行期間中は熱帯低気圧の影響で、雨に悩まされた。
雨の沖縄
旅行を一言で振り返ると「雨が無ければ…」という悔しさ。夏の沖縄と言えば、青い海。息子と一緒にシュノーケリングして、陽が差し込む海の中を泳ぐ。以前の旅行でできた体験を、今回の旅行でも期待してしまう。
そんな中、まず「天気予報」に悩まされた。沖縄特有の気候なのか、雨と曇りが数時間のサイクルで繰り返され、たまに晴れる。東南アジアみたいだ。しかし、天気予報は「一日中雨」の予報。これだけ目まぐるしく天気が変わるので、予想も難しいのだろう。晴れてほしい願望もあって、一日に何度もアプリを見てしまう。その度に、ショックを受ける。気持ちが萎える瞬間だった。
それと、旅行中は朝の時間帯に雨が多かった。起きると雨が降っている。これも気持ちが萎える。こういう「気持ちの萎え」が積み重なると、徐々に心が天気に支配されてしまう。
合間に訪れる「曇」の時間に、急いで海に行く。快晴とは行かないが、なんとか遊べる。数時間遊べると、安堵する。きっと、旅行に対する期待を、なんとか実現したいという思いからきてる。
こうして、常に雨の憂鬱に悩まされる旅行となった。お金も時間も使って来たのに、悔しい。沖縄旅行は「天気に影響されるリスクが高い」から、もうやめようかとも思った。
考え方で天気に向き合う
天気に心を支配されてしまった。天気はコントロールできない。でも、心ならもう少しコントロールできるかもしれない。雨でも、考え方で旅行の印象も変えられるのではないか。
旅行を振り返ってみると、たしかに青い海は達成できなかった。でも、家族で飛行機に乗って、レンタカーを借りて、民泊をして、美味しいものを食べる。息子は雨でも、民泊の一軒家にはしゃいでいた。天気に対して、僕だけが過敏に反応していた。
我が家の旅行は僕が計画を立てる。だから雨が降ると「自分の計画が外れた」ように感じてしまう。でも、妻と息子にとって、計画は計画に過ぎない。雨で残念だけど、僕みたいに旅行自体を嘆いていない。
たしかに、雨でできなかったこともあるけど、それ以外の時間も多くあった。それなのに、雨でできないことに心を惑わされ、それ以外の時間も後ろ向きに感じてしまう。雨という部分的な要素に執着せず、旅行全体で見ることができたら。そんな風に考えてみると、少しだけ、心が前向きになった。
ロジックは心を超えられない
こんな考えをしてみたけど…やっぱり青い海が悔しい。確かに「青い海」は、沖縄旅行の部分的要素だ。でも、そこに心とギャップがある。僕にとっては、そのために沖縄に行ったとも言える。だから、いくらロジックで平静を保とうとしても、心がついてこない。
とは言え、こう考えたことが無意味とは思わない。自分の心と向き合って、雨以外の要素の存在に気づいたことで、旅行を明るく振り返ることもできた。これは正直な思い。もちろん悔しさは残るが、後悔とは言えない。
リスクが高いから他を選ぶ?
今回は雨で気が滅入って、後悔しかけた。でもなぜか「次回の沖縄は大丈夫かな」みたいに、心は根拠なく期待している。今回の旅行から学んでない?
きっと、学んでないのだろう。頭では「リスクが高い」と思っても、心が「青い海」で押し切ってくる。後悔なら「もう行かない」になる。悔しいと「次こそは」になる。次回も雨で悩まされるのかな。それは嫌だ。でも、また沖縄に行きたい。